青空文庫感想

牛をつないだ椿の木 新美南吉

著者の方言関係なしに海藏さんは偉かった。そして、日露戦争は恐ろしかった。一つのものでも社会のために残せたら素晴らしいことなのかもしれない。 水道が整備されて井戸が使われなくなる日が来るかもしれないが、ちょっとした顕彰碑は残ってほしいものだ。…

鳥右衛門諸国を巡る 新美南吉

江戸時代の倫理観が感じられる物語。非常に残念な終わり方をした。 確かに最後は最善の選択ではなかったかもしれないが、喜んでくれる村人はいたのだから、次善で満足することはできなかったのか。放り出された妻子も可哀想ではあるのだし。 平次が鳥右衛門…

最後の胡弓弾き 新美南吉

滅びゆく芸人の美学。味噌屋の旦那は希望だが、ラストがあまりに悲しく救いがなかった。自分を認めてくれる人を、一人でも見つけるのは大変なことなのだ。最後まで胡弓弾きのことを気にしていた旦那の様子が涙を誘った。 ラジオの普及した時代に胡弓弾きは対…

あし 新美南吉

足がしびれた馬のまぬけな話。腕を下敷きにして眠って、痺れて自分の腕じゃないような感覚になった記憶があるので、共感して楽しめた。椅子や机などのとばっちりが悲しい。笑い話で済んではいるが、疑いの心が広がり始めると、ストップが掛からないことを伝…

童話における物語性の喪失 新美南吉

新美南吉氏による作品論。いろいろな制限を受けることで作品がダメになってしまう現状を憂いている。 枚数を増やす例えはしても、枚数を減らす例えはしないところが興味深い。論文発表でも長くするのは簡単でも短くすることは不可能に近いと教授たちが言って…

川 新美南吉

子供たちのちょっとした冒険行動から大変なことが起こる。少なくとも当事者の子供たちにとっては大事件の発生である。ちょっとした勇気が出せれば疑問が氷解したのに、いつまでもくよくよしていた事が、とても子供らしい。主人公、久助の繊細な内面が伝わっ…

鍛冶屋の子 新美南吉

なんとも暗い話を書いたものだ。こんな話も描くのだと思ったが、代表作である「ごんぎつね」も十分に暗かった。体に悪い酒をやめたら調子が悪くなってしまった親父。人体のバランスとは本当に奇妙なものだ――実は他にも原因があるのかもしれないが、リアルに…

熊 新美南吉

鉄の檻に囚われた悲しい熊を歌った詩。アイヌが出てくるところからヒグマであるらしい。仲間の声が聞こえた気がして吠えても返ってくるのは、こだまのみ。聞こえた声もこだまだったのかもしれないと思う。 青空文庫 新美南吉 熊

一銭銅貨 新美南吉

スズメが見つけた宝物。一銭銅貨のゆくえが気になる童話。ふきのとうさん、イケメン。水車小屋の軒に住んでいるというスズメの生態への観察眼が流石に感じられた。著者の活動範囲から考えて、瓦の釉薬を細かくするための石臼を動かす水車だったのかな。本当…

タケノコ 新美南吉

すべてがカタカナで書かれたタケノコ視点の童話(ひらがな版もあった)。句読点とスペースの使い分けがどのような基準で行われているのか、気になった。設定については母親がタケになっているが、タケノコは地下茎段階からタケノコで、上に伸び始めるよりも…

国際学術会議への旅 仁科芳雄

ジャンボジェットのない時代に日本からヨーロッパまで行くのは大変だった。ともかく着陸が多くて検査などで1時間は待たされる。当時の旅行事情が分かる。19時間の待機があったインドで精力的に活動していて、著者の高いバイタリティを感じた。日本の代表を…

ユネスコと科学 仁科芳雄

戦争直後の「平和国家」への希望が感じられる文章だった。70年も経つと執着と冷笑ばかりが残っている気がしてしまって辛い。この頃の明るさを取り戻す方法はないものか。明るさの理由の一つは「無知」だろうから、難しいよなぁ。まぁ、著者は仕事柄核兵器…

国民の人格向上と科学技術 仁科芳雄

終戦から1年2ヶ月しても虚脱状態の人が多く、犯罪発生率は高い。戦後の復興を内側から眺めれば、そんな指摘も出て来るのだった。やはり朝鮮戦争特需は大きかったのかなぁ。 著者は衣食足りて礼節を知る状態にするため、科学が力を発揮して衣食を充足させる助…

蒸発皿 寺田寅彦

思い出語りが集まった一遍。ふとすれ違った事情のよくわからない人は強烈な印象を残す。ちゃんと無事に生きているか心配になってしまうものだ。実際は「普通の人」が亡くなっていたと後で知ったりする。 毎日シラミを噛み潰していたホームレスの話は、なにか…

日本再建と科学 仁科芳雄

敗戦直後、茫然自失の状況にあった日本において、物理学者の著者が描いた復興への道筋。科学が先か、科学研究を可能とするための経済復活が先か、多少前後関係が怪しくなっている部分があった。まぁ、現状でも可能な研究については動いておこうと勧めている…

淡窓先生の教育 中谷宇吉郎

門弟4000人を教えたという江戸時代の広瀬淡窓について、短く触れている。広瀬の方にルビがついて淡窓にはついていない処理に驚いた。淡窓は読めて当然なほどの有名人であったらしいが、私は知らない。読みは「たんそう」で良いんだよな?「あわまど」は…

千里眼その他 中谷宇吉郎

かつて日本社会の流行病となった千里眼騒動を思い返す。水素水などのことを考えれば、日本人があまり進歩していないことがわかる。流石に全く同じものでは騙されない気がするけれど、仕掛けるほうが巧妙化して当時の日本人みたいに「騙されたい気持ち」が高…

地球の円い話 中谷宇吉郎

地球の丸さを例にして有効数字の話をしている。しかし、扱い方がちょっと変に感じられる。著者の言う6桁は小数点以下ではなくて、頭の数字(重力加速度でいえば9)かららしい。3桁わかれば十分なデータが得られるとの3桁も怪しいものであるが、コンピュ…

『日本石器時代提要』のこと 中谷宇吉郎

考古学者であった弟の業績を著者が回想する。語学にも驚くべき才能をもっていたらしく、兄弟揃って優秀である。そんな兄弟が嵐の夜には祖母に抱きついて、おとぎ話を聞いていたと他のエッセイに書かれて知っていることが可笑しい。 功績が認められた弟は短命…

比較科学論 中谷宇吉郎

科学研究には二通りがあり、それは警視庁型の研究とアマゾン型の研究だという。何が出てくるか分からないアマゾン型の研究は面白そうだが、きっと人を選ぶ。警視庁型の研究はひらめきに自信のない人でも最新機械と適当なテーマがあれば出来てしまったりする―…

楡の花 中谷宇吉郎

北海道大学の名物である楡。その目立たない花についてのお話。日本の科学者も楡の花みたいなものだと語っているが、現在のポスドクの苦労を思えば、楡の花が過ぎたと言わざるをえない。歴史的に植え付けられた方向性が極端なものになれば毒に至る。いい話と…

岩波文庫論 岩波茂雄

古典を愛し、事実の検証に真摯な岩波文庫の姿勢を、創立者が語っている。今でも岩波文庫は変わらぬ姿勢を貫いているように見える。永遠に価値のあるものを残したい気持ちがとても伝わってきた。 単行本にはしてやるが文庫は許さないなんて態度には、さすがは…

指導者としての寺田先生 中谷宇吉郎

寺田寅彦氏の死去に際して、著者が師の思い出を語る。偉大な人物が亡くなると、周囲に大きな衝撃を与えられずにはいられない。若手の励ましになる先達研究者はきっと貴重である。 おそらくレンズのことを「鏡玉」と表現したことを知った。火花の研究の話は「…

「もく星」号の謎 中谷宇吉郎

戦後に起こった旅客機の墜落事件について、飛行船の事故調査に加わったことのある著者が提言を述べている。 過去の事故について「面白い」と言える不謹慎言葉ハンターの活性の低さが羨ましい。もちろん、現象と事故を切り離したコメントなのだが、国語力の低…

私のふるさと 中谷宇吉郎

片山津について、中谷宇吉郎先生のおかげで詳しくなっていく。正しいかはともかく著者が描写する片山津の情景が脳裏に焼き付いてきた。祖母のおとぎ話にふるさとが生きているのと同じように、著者のエッセイに自分の中の片山津が生きている心地がして面白い…

茶碗の曲線 中谷宇吉郎

著者の弟が土器に対して行っていた曲線を使った大胆な分類方法の研究について。あまりにもハードルが高すぎて形にならなかった研究の話は、なかなか耳に入ってきにくいものなので興味深い。 現代であればコンピューターによる情報処理で、もうちょっと何とか…

私の履歴書 中谷宇吉郎

紆余曲折しまくっていた中谷宇吉郎氏の進路が分かる。田舎と都会の格差について実体験をもって語っている点も注目に値する。根本的には日本があまり変わっていない気がして残念な気持ちになった。やはり学習の機会格差はまずい(都会の人が田舎の生活を学べ…

私の生まれた家 中谷宇吉郎

石川県の片山津にあった著者の家の紹介。呉服店として、それなりに大きな店だったらしい。被雇用者をふくめて14,5人の人がいて、食事のときはみんな一緒だったと言うから、現代とはずいぶんと家の感覚が違う。食事の内容は粗末だったとしても、全員で同…

雪の化石2 中谷宇吉郎

化石というよりも立体魚拓の作り方が近いかもしれない。本物の化石についても言及はされている。すぐに溶けてしまい研究の難しいものを安定させて研究するための試行錯誤が見えてくる。便利であると同時に、実物そのものを見たい欲求も強まるんじゃないかな…

杜松の樹 グリム兄弟

キーウィットキーウィットが耳につく。繰り返しの力を思い知らされる作品。同じ表現を重ねることを執拗に避けるだけが技術ではなくて、効果的に繰り返す選択肢もあるのだ。まぁ、比較的に子供向けなのは確かだろうけど。 異母妹のマリちゃんが母親の死を悲し…